長男のお腹の調子が悪く、学校をお休みした今日。


身体は元気なので、遊ぶ元気はあるのです。


こんな日は、もうじっくり付き合うと決めていて、家事もやりことも最小限に。


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すごろくを作ってみたり。


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レゴでガチャガチャを作ったり。


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きょうだいで縫いさしをしたり。


長女は元気なので、幼稚園へ行く時に氷を見つけて大騒ぎしたり(笑)。


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予定が潰れたり、家事が回らなかったり、子どもの体調不良は不慮の事故のようなもの。


ついついイライラしてしまいがちなので、こんな日は、最低限のことしかしない!と決めてしまう。


この、「先に決めてしまうこと」って、実は大切。


子育ても「待つ」と決めてしまうと、楽になったりします。


そして、こんな風に過ごす時は、子どもと向き合う時間を貰ったのだと捉えてみる。


考えてみれば、「自分の力でどうにもならないことに腹を立てても仕方がない」んですよね。


置かれた環境や、他人の意思などは、自分の力ではどうしようもありません。


だったら、自分の力でなんとかできる部分に焦点を当てて、そこに労力を注ぐと、以外に状況は好転するものだったりします。


今日はゆっくり時間が流れています。



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by maria_ouchi0815 | 2018-01-24 14:50 | モンテッソーリ教育

子どもにこそ、ホンモノを。


常々、このブログでも書かせていただいています。


ですがもちろん、時と場合は選んでいて、子どもたちがたくさん集まったりするときには基本的には使いません。


多分、ガラスのコップに馴れていない子のほうが多いでしょうし、もし割ってしまったら、その子もショックだし、聞いたお母さんも恐縮されるだろうなぁと思うからです。


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子どもがたくさん集まる我が家では、色とりどりのプラスチックのコップもあり、みんなどの色にしょう?と悩むのも見ていて楽しいのです。


これは、実はわざと色をバラバラにしているのですが、さて何故だと思われますか?


答えはまた次回(笑)。


こんな風にプラスチックのコップにするときも、やっぱりピッチャーはガラスのホンモノで、ずっしりと重いものを使っています。


子どもって重いものを持つから、力がつくし、持ち方を工夫するし、できた時の満足度が増すものです。


何回か割るから、割れないように工夫をする。


モンテッソーリ教育の道具は全て、そこが基本です。子どもの使いやすいデザインだけれど、重さは必ずずっしりと重い。


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このピッチャーは、花の水替えをするときも使っていて、暑さで元気がなくなるのも早いお花の水切りをして、長女がアンティークのガラス瓶にお花を差し替えてくれました。


あと少し元気でいて欲しいわ〜。


小さな頃から、ものを大切に扱わない子に、中学生になった途端、「ものを大切に扱いなさい!」と言って、扱えるようになるでしょうか?


私はそうは思えません。


どんなことも、三つ子の魂百まで。基本的にはこれに尽きるような気がしています。


それから後、どんなことも遅すぎることはありませんが、時間と根気を要します。


もちろん、我が家も「あー!やっておけばよかったなぁ。」と思い直すことはあります。でも、反省はしても後悔はしないのが私流(笑)。


今だってそう。その時々の最善を尽くす。うじうじ悩んでも1日。行動しても1日。同じ時間が過ぎて行く。


人生は1度きり。この夏も、去年とも来年とも違う夏です。子どもたちのように、全力で過ごしたいなぁと思っています。

いつも、読んで下さってありがとうございます。


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by maria_ouchi0815 | 2017-08-03 22:19 | モンテッソーリ教育

今日で学校と幼稚園が終わりました。


明日からは、幼稚園はサマースクール。学校はプール登校という、いわば短縮授業のようなものが4日間続きます。


いよいよ夏休み。


我が家の夏休みは、チャレンジの夏休みです。


親も子も、何かひとつにチャレンジすることが必須条件。


長男は小学生になって初めての夏休み。宿題の計画やらを色々立てているようです。


また、こちらのブログでもお伝えしますね!


★☆★


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さて私は、教育学を学んだ訳ではありませんが、日本という国を見ていて本当に強く思うことがあります。


それは、子育てや教育法に、こんなに流行り廃りのある国は他にあるのだろうか?ということです。


◯◯式。◯◯メソッド。右脳教育。知育。英語教育。早期教育。東大式などなど。。。


もぅ、ありとあらゆる教育がメディアで取り上げられては廃れていく。この状況は、1人の母親として「どうなんだ?」といつも思っています。


私は個人的に、子どもたちにどこの大学に入って欲しいとか、大きな企業に勤めて欲しいとか、どんな仕事に就いて欲しいとかはありません。全く。


ただ、これだけは決めていることがあります。それは、


「自立と自律ができる人間に育てること。」


本当にこれだけです。


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これだけしかありませんから、迷うことがありません。


子育てや療育、様々な情報に流されることなく子どもたちと接することができているのは、そのおかげだと思います。


そうでなければ、他人の物差しに惑わされて、仲良しの友人が◯◯幼稚園へ行くからと、自分の子どもの個性も見極めず、深く考えもせず適当な幼稚園に入れていたかもしれません。


モンテッソーリ教育を謳う幼稚園へも見学へ行きましたが、知育としてのモンテッソーリ教育メソッドを取り入れた、小学校受験を目指す子どもたちが多く通う幼稚園だったのでやめました。


公立の幼稚園へ入れたのは、自分自身の手をかけて子どもたちを育てたかったからです。


おうちが真ん中にある、子どもたちの育ちを、一緒に体験したかったからです。


今、小学校一年生になった長男を見ていて感じることがあります。


それは、彼が家庭における幼少期のモンテッソーリ教育から得たものは、「学習するチカラを学習していた。」ことではないかと思うのです。


学習していたのではなく、学習するチカラを身につけていたのだと思います。


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担任の先生曰く、どんな学習内容にも興味を持ち、素晴らしい態度で臨んで、必ず結果を出すそうです。


個人懇談では、余りに褒めていただくので「本当にうちの子でしょうか?」と聞いたほど(笑)。


家では、良い子かと言われたら、そうでもありません(笑)。相変わらず、片付けは苦手(笑)。食べこぼしも酷い(笑)。ダラダラもしていますし、単調な作業は大嫌いです。


でも、一番大切な、「自分で決めたから、最後までやり通す」ことはできているかなぁと思います。


少しずつですが、自分の苦手なことをクリアしようと、チャレンジしています。


パーフェクトな人間なんていない。だから、その子なりの自立と自律を、その子なりのペースで。それが最終着地点であると思っています。


さぁ、夏休み。


楽しく過ごしましょうね!


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by maria_ouchi0815 | 2017-07-20 21:05 | モンテッソーリ教育

1年生になり、野球をやりはじめた長男。


旦那さんもソフトボールチームの試合に出たりするので、週末は殆どそれで潰れてしまい、家のことと仕事。それから自分の体力のやりくりを現在模索中だったりするので、週明けはいつも以上に疲れています。そして暑さにも。。。


ご相談のお返事など、すぐには返信できないかもしれませんが、ご了承くださいね。必ずお返事させていただきます。


さて、私は子どもや家族のカウンセラーという立場から、また、1人の母親としても、よく考えてしまうことのひとつに、「親がどうあるべきか?」があります。


子どもにとって、私たち親はどうあるべきか?


子育てが楽しくなったり、子どもたちとゆったり向き合えたりするには、この信念があるかないかで、決定的に違うはずです。


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子どもの育ちに大切なものは「自由」です。ですが、ここで言う「自由」には、「適切な環境」があってこその自由です。


幼少期の子どもはみんな「成長したい」ものです。この時期に「面倒臭がり」な子はいません。


それは一見、大人から見たら「迷惑な行為」に映るかもしれませんが、それらは全て、子どもたちの深いところからの欲求です。


歩きはじめた赤ちゃんが、そこらじゅうの引き出しからものを引っ張りだしたりするのは、子どもの成長にとって、それが必要だからなんです。


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ですから、それらを思う存分できる「環境」が必要で、その環境から好きなものを選ぶのが「自由」です。


ゲームとテレビと音のなるおもちゃだけの環境しか与えず、それを自由に遊ばせるというのは「放任」です。


子どもは、手を動かして成長します。いや、手を動かさなければ成長しません。


それくらい、手先や身体を使うことは大切なことなのです。


子どもたちは、そんな環境があって初めて、自ら成長しようとします。


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そして、そこで情感を育てます。


感じる心。
成長しようとする意志。
自分自身から良くなりたいという思い。


それらは全て、好きなことをやりきることでしか、溢れてこない感情なのです。


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子どもの「やりたい」が真ん中の暮らし。


やりたい→やりきった!


これだけが子どもを育てると言っても過言ではないほどなのです。


管理や監視。またはハウツーで、子どもは絶対に育たない。


是非、心の真ん中に置いておきたいなぁと、私も思っています。



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by maria_ouchi0815 | 2017-07-19 05:46 | モンテッソーリ教育

子どもたちがわかりやすいように。取り出しやすいように。


そして、美しく並べる。


子どもが育つ環境だからこそ、その場所を整える。


モンテッソーリ教育を学んでから、このことについては、目から鱗でした。


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子どもは汚すもの。子どもがいるから散らかって当然。そう思っていましたが、そうではない。


美しく整えられた環境は、子どもを確実に伸ばす。


もちろん完璧ではありませんし、あくまでも家庭であり、幼稚園ではありません。


ですが、できることだけを実践しています。


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さて、玄関横に備えられた、お外の教具棚ともいうべきこちら。上段2つは夏真っ盛りということで、水遊びの道具です。


スーパーボールや、水鉄砲、すくい網などです。


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真ん中はお仕事の段です。

週末の上靴洗いに必要なものがまとめて置いています。あとは洗濯板とちいさなスポンジもこちらへ。


必要なものをまとめて置いておくことは、子どもにとってとても大切です。


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そして、目下ハマり中のダンゴムシ置き場(笑)。捕まえたダンゴムシは、とりあえずこちらへ。


下段は、砂場の道具や柄杓など、を置いています。我が家は家に砂場があるので、いつでも泥んこ遊びOKなんです(笑)。


お家もお外も、適度に整える。子どもたちは、環境にはすぐ反応します。使いにくいところに置いてあると、使わない。


だから、改善点はすぐに見つかります(笑)。


我が家も形を変えながら、私自身がしんどくない方法で実践しています。


子どもたちとの毎日は楽しいです。



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by maria_ouchi0815 | 2017-07-14 21:20 | モンテッソーリ教育

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モンテッソーリ教育と言えば、小学校受験。そんな図式が思い浮かびませんか?


モンテッソーリ教育は、受験のための教育ではありません。


こどもの深いところでの欲求や発達を満たす、人格形成をする教育です。


知識を埋め込む教育というよりも、知性を生み出す教育。


そして、正しい大人に育てば、平和へと繋がる。


マリア・モンテッソーリが志した教育は、平和教育ではないでしょうか?


そんな、お受験じゃないモンテッソーリ教育を実施する、深草こどもの家。


ずっとずっと、訪れたくて、やっと実現しました。


神社の鳥居をくぐり、竹やぶの中にひっそりと佇む深草こどもの家。


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次男は、トカゲを追いかけて草むらをじっと見つめています。


この場所には、今や普通の幼稚園からは無くなってしまった、素敵で危険なものがたくさんありました。


きっと、現代の親御さんならば「とげがささるから!」とか、「危ないから!」と顔をしかめるであろう遊び道具たち。


中でも2歳の次男がはまったのはこちら。


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屋根を登って、てっぺんから滑るすべり台!


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もう、何度も何度も繰り返します。もちろん、手は貸しません(笑)。


この時、モンテッソーリ教育園ならではの、ちょっとした出来事がありました。


とあるお子さんを連れてきていたお父様が、本来のコースからではなく、怖いからと言って途中から抱っこをして乗せようとしたのを、園長がストップなさいました。


私もきっと、止められるだろうなぁと思っていたら、ややキツめに園長が叱責されたのを見て、私は心から拍手を送りたくなりました。


「こどもがこども自身で決めて行かなければ、何の意味もありませんよ!嫌なら、しなくて良いのです!」


素晴らしすぎる。今は親が怖くて何も言えない時代に、男性にピシャリと言ってのけた園長。


教育者とは、こうあるべきだ!と、心からの感動を胸に、帰路につきました。


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竹やぶとひまわり。


親ならばもちろん、進んで子どもに怪我などはさせたくないでしょう。


できれば危険は回避させたい。


でも、その思いが子どもの成長の妨げになる場面は、私もたくさん見てきました。


その例を今日、見せていただいた気がしています。


今日、実は、次男にひとつの変化がありました。


髪を切るのが苦手で、バリカンが怖くて、ずっとずっと暴れて拒否していた次男坊。


昨日も、床屋さんへ行ったのですが、拒否(笑)。


ですが、今日モンテッソーリ教具で十二分にお仕事をし、屋根からのすべり台に自らチャレンジした次男坊。


帰宅後、「髪を切りに行く」と、まさかまさかの自分からの提案!


そして、なんと、自分から座って大人しく髪を切って貰えた次男坊!


これは、実はモンテッソーリ教育で言うところの、「こどもの正常化」と言います。


満たされた子どもは、自分から困難を克服して行く。


もう、目の当たりにした私は大感動。


頭でわかってはいましたし、上の2人でも経験しましたが、やっぱり子どもの内側からの「成長」には、毎回感動するものです。


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子どもって、本当に素晴らしい。


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by maria_ouchi0815 | 2017-07-13 16:16 | モンテッソーリ教育

お庭でモンテッソーリ。

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今日は久しぶりにお日様が顔を出しましたね。


ここぞとばかりに我が家の次男坊はお庭散策を開始しました。


先日から、モンテッソーリ教育のお話しをさせていただいていますが、今日は外環境のお話しをさせていただこうかな?と思います。


子どもたちの育ちにおいて、環境はとても大切だとずっと書いていますが、それはおうちの中だけではありません。


お外においても、全く同じです。


いつ、どんな時であれ、子どもたちの欲求は、「自分の身体や手先を思う存分使い、自分の興味のある活動ができる環境が欲しい」。ただそれだけです。


ですから、幼少期は特に、毎日毎日違う場所や公園に連れて行くことも必要ありません。


目先をどんどん変えるよりも、ゆっくりじっくり、自分のやりたいことに安心して取り組める場所を提供する。これが親の役目です。


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我が家の場合は、庭です。


目下、2歳の次男坊は「ダンゴムシ」に魅了されており、来る日も来る日もダンゴムシを見つけることに熱中しています。


2歳から3歳にかけては心理学的にも「もっとしたい!もっとしたい!」と同じ行動を繰り返してやりたがる傾向にあります。


この行動を満たしてあげることほど大切なことはありません。


繰り返して活動をする果てに、「あぁ、面白かった!」と自分自身でやめた後の子どもの晴れやかな顔ほど、素晴らしいものはないと私は思います。


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これが、心の充足であり、それがあるからこそ落ちついた子どもになる。協調性が出てくる。


日本はとにかく、集団で何かをさせたり、集団生活においての協調性を求められます。


ですが、人間の本質とは、「個」を重視されて初めて集団に溶けこむことができる。


個人が尊重されているから、集団に入ることができるのです。


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自分自身という「個人」を親から尊重されず、周りに合わせなさい!と言われても、できるはずかありません。


モンテッソーリ教育とは、その「個」を大切にした教育です。


親はみな、子どもたちに「良い子になりなさい。」と言います。ですが、良い子になる道筋とはどのようなものでしょう?


それは、「良い子になりなさい!」と言い続けることでしょうか?そんなことで「良い子」になるなら、教育なんていりませんよね?


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子どもの人格は、その時期に必要なことを適切な環境で身につけられること。もっと具体的な言葉で言うと、年齢や興味に応じた技術を身につけること。それが、行動となって現れる。そのことでしか、形成されません。


それが「自立」の道筋です。


簡単な言葉で言うと、自分でやりたい!と言ったことに、「できないから無理!」という言葉はいらないのです。「やらせない」という選択肢はありません。


人は本来、自分のレベルより少し上のことにチャレンジしたい生き物です。ですから、その部分で「適切な環境」が必要なのです。


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2歳には、蝶々は難しくて捕まえられません。でも、ダンゴムシなら捕まえられる。


だから、延々と捕まえているのです。


ずっとずっと飽きるまで、探し続けています。


そして1時間ほど経ったとき、次男坊はこんな風に言いました。


「ダンゴムシさーん。また明日くるからねー!それまで元気でねー!」


ふと、笑みが漏れた瞬間でした。


今日も、楽しい。


なぜ、花柄のハンカチを巻いているかは、親の私にもわかりません(笑)。朝、突然「首に巻いてー」と持ってきました。たぶん、昨日の夏祭りで年長さんがバンダナを首に巻いていたのを見たからかな?。



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by maria_ouchi0815 | 2017-07-06 11:22 | モンテッソーリ教育

台風が過ぎ去り、雨の朝を迎えている関西です。


今日は幼稚園の夏祭り。無事に開催できそうで嬉しいです。


★☆★


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さて、先日はモンテッソーリ教育の考える環境の作り方についてお話しさせていただきました。


今日はもう少し具体的な設定の仕方をお届けします。


モンテッソーリ教育において、教具(※モンテッソーリ教育ではオモチャを教具と言います)のしまい方は非常に重要です。


モンテッソーリの園などでは、「教具棚」と言って、横長で子どもの頭くらいの位置までの専用の棚を使用しているのですが、一般の家庭において調達するのは非常に難しいので、我が家では今のところオープンラックなどを使っています。近々、モンテッソーリのお仕事の棚もアップしますね。


先日ご紹介した、「手仕事の棚」の記事はこちら。
ご覧いただくとわかると思うのですが、ひとつひとつのオモチャや手仕事道具の間に、十分な余白があるのがお分かりいただけるかと思います。


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これは、子どもたちが取り出しやすいように、しまいやすいようにとの、子どもの活動に重点を置いた収納の仕方です。


もうひとつは、余白がある状態で収納すると、見た目にも美しい。この美しく整えられた環境も非常に大切で、子どもたちはこの中に「秩序」を見出します。


マリア・モンテッソーリは子どもが使うものは美しくなければならないとも言っていて、モンテッソーリ教育で使用する教具が美しいのも、心から頷けます。


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そして、最も大切なことは、発達段階に即した手仕事や教具やおもちゃが、子どもたち自身で取り出せて、いつでもどこでも集中して行えることです。


我が家の3人の子どもたちの「ハサミ」を使ったお仕事の発達段階を例に挙げるとわかりやすいかと思います。


2歳の次男は、ハサミを使い出して1年くらいでしょうか。まだまだ思い通りには動かせず、今はひたすら「切り落とし」という作業をしています。


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なんでもない作業に見えますが、与える素材なども大切です。ハサミを使い始めの頃は少し硬い画用紙などの素材を、ひたすら切り落とす。折り紙のような柔らかい素材は逆に切りにくく、画用紙などをうまく切ることができたら、もう少し硬いボール紙などの切り落としに移行していきます。


次に4歳の長女です。ハサミ使いもうまくなり、七夕飾りを作ってもらいました。


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線の上を上手に切っています。折り紙のような柔らかい紙も難なくクリアしますし、ハサミだけでなく、紙の方を動かしています。自分のやりたい意思で両方の手を別々に動かすことができる。感覚の統合がうまくいっているのがわかります。


最後に7歳の長男。


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最早、問答無用のカッターナイフ(笑)。鉛筆を削っています。鉛筆削りも、入学と同時に一応は買いましたが、5歳から小刀を使って削っているので、そちらの方が慣れているようです。因みに、1度たりとも手を切ったことはありません。


我が家の3人の子どもたち。学年は2学年差。


この写真でもわかるように、発達には段階があるのです。


ハサミを持ち始めてすぐは、紙の方に意識は向きません。ただ、切るということをひたすら繰り返すのです。


ですが、そこに満足すると、次は形を見出したり、線の上を切りたくなります。


それから、紙を動かせるようになり、右手の動きと左手の動きが別々になる。


これは自然の法則に見事に従っていて、芽が出ないのに花は咲かないことと同じです。


先日も書きましたが、この段階を踏まえず、満足いくまでやらせず、次はこれ!と大人が勝手に与えていては、子どもたちはうまく成長できません。


ですが、一度芽が出始めて、思う存分やり切れると、子どもたちは勝手に自分自身で次に挑戦して行きます。


心の深い場所での満足。これ以外に挑戦に対する栄養剤はありません。


それを得ることこそが、モンテッソーリ教育の真髄です。

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by maria_ouchi0815 | 2017-07-05 04:01 | モンテッソーリ教育

台風が近づいていますね。


そんな中、明日は我が長女の幼稚園の夏祭りです。


PTAさん主催の夏祭りなので、親たちが準備をするのですが、1ヶ月以上ずっと準備をしてきたので、中止は寂しいし、子どもたちも楽しみにしてくれているはず。


台風よ、外れてくれ!


★☆★


さて。先日よりお話しさせていただいているモンテッソーリ教育。


モンテッソーリ教育で皆さんが知りたいのは、あの独特の「教具」ではないでしょうか?


不思議な形をした、おもちゃとも知育教材とも言えないモンテッソーリ教育独自の教具。


本当にたくさんあるのですが、一つ一つに意味があり、子どもの成長そのものが連続性を持ちながら数学的に理解していくことのできるものが「教具」です。


今、藤井聡太さんの活躍でモンテッソーリ教育が注目されていますが、あの独特の教具を与えたから、子どもたちが全て天才になるわけではありません。


教具に取り組むタイミングもそうですが、どんな環境で与えられ、どんな風に親に見守ってもらえるか?が最も重要なことです。


何度も繰り返しますが、「モンテッソーリ教育の教具」だけを家庭に取り入れたところで、それが効果を発揮するわけではありません。


環境と関わる大人の態度にこそ、モンテッソーリ教育の真髄があります。


今日はそんな環境のお話しをさせていただきます。


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これは、現在の我が家のおもちゃの棚です。


少しですが、モンテッソーリ教育で言うところの「お仕事」があります。※モンテッソーリ教育では、幼児の遊びを「お仕事」と言います。


この棚は、我が家では「手仕事の棚」です。手を使って遊ぶことのできるものが並んでいます。


数学的構造を平面と立体で理解する、主に長男7歳のための数学パズル。
文字の敏感期の長女4歳のための、アルファベットのパズル。
感覚の敏感期と秩序の敏感期の絶頂である、次男2歳のための手仕事の道具。
そしてみんなのレゴと、文化を学びはじめた長男のための地球儀。※この地球儀はモンテッソーリ教育の地球儀ではありません。


この棚に関しては、モンテッソーリ教育の教具だけではないのですが、手を使って行うお仕事を中心に集めています。


モンテッソーリ教育では、徹底的に手を使うことに重点を置いています。


子どもたちが「自立する」ことの一番根幹に「手や身体を自由に使いこなせること」があります。


それらの行動を思う存分、心ゆくまでやれる環境が、モンテッソーリ教育で言う「環境の設定」です。


そして、これらの行動。つまり手を自由に、自分の思い通りに使えるようになりながら、次の段階へとステップアップしていける環境が常に整えられていること。それが大切なことです。


先日の記事でご紹介した写真のステップアップに気づいていただいた方はいらっしゃいますか?


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指を使う→トングを使う→スプーンを使う。と段々難しい状態にステップアップしていく環境をきちんと整える。


そして最後はお箸になります。


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次男は、今、このお仕事の絶頂期です。お風呂上がりに、服も着ずにやり続けます。


やりはじめたら、完成したものをまた戻して。またやって。また戻して。


最低でも20回は繰り返す2歳の次男。


このことは、本当に大切です。


「繰り返しやる。」ということは、とことん自分のなっとくするまでやる。ということです。これは、表面的な、または物質的な満足感ではなく、深い深い、内面からの満足です。


この満足を味わったことのない子どもは、「ほんもの」に出会うことができません。


自分自身の本当の望みを掴めないまま大人になってしまうのですから、自分自身で判断できない大人になってしまうわけです。


ですから、大人が子どもに対して次々に目新しいことをさせ、通り一遍の経験をさせた!と満足していてはいけないのです。


一つのことを10分くらいで切り上げ、次々と別のことをさせる教育法があります。


確かに成果としては「できている」のでしょう。ですが、子どもの成長の、幼い頃の「できた」が、必ずしも大人になってからの「できた!」に繋がらないのが、成長の面白いところです。


深く深く。納得するまで追求する。


その環境を与えられる場所であることが、モンテッソーリ教育の環境の整え方です。


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by maria_ouchi0815 | 2017-07-04 05:46 | モンテッソーリ教育

モンテッソーリ教育④。

今日から1週間の始まりですね。


早起きしても湿度が高く、空を見上げては「暑くなるんだろうなぁ」と毎日つぶやいています。


さて、先日よりモンテッソーリ教育の記事を書かせていただいています。


私も、記事にしながら、改めて確認ができ、やはり素晴らしい教育だなぁと、再確認しながら楽しませていただいています。


しばらくお付き合いくださいね。


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先日の記事。
先日は、モンテッソーリ教育の根幹である、0歳から3歳の敏感期のお話しをさせていただきました。


モンテッソーリ教育では、特に幼児期に重点を置いていて、この時期には「自然が生命に課した重要な課題がある。」と言われています。


私はこのことが、モンテッソーリ教育を受けた子どもたちが、将来世界で活躍する第一人者に多い理由の本質ではないか?と思います。


単なる、「やっておいた方が良いこと。」ではないのです。


ですが、同時にこの時期は大人が子どもを支配できる時期でもあります。小さければ小さいほど、親のエゴがまかり通る時期でもあります。


大声を出したり、威嚇すれば、小さな子どもを「言いなりにする」ことができます。


大人たちは度々、この状態を「良い子」だと表現します。


果たして、そうでしょうか?


身の回りのことに甲斐甲斐しく世話を焼きながら、こどもの精神には余りにも無関心ではないか?と私は感じます。


その時期の親子の関わり方を、マリア・モンテッソーリはこんな風に言っています。


「子どもの身体に仕えることではありません。生命に仕えるのです。身体に仕えるとはその逆です。子どもが自分の心と身体を自分で使って、その時期に成し遂げなければいけない課題に取り組めるように励まし続けることが、生命に仕えるということです。子どもに自分でさせるのです。」


素晴らしい言葉だなぁと感じます。


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それは、「早くしなさい!自分でやりなさい!」と言うことではありません。


あくまでも、出来ないときには手伝ってあげる。大人は常にそのスタンスです。


助けを求めた時には、必ず必要な手助けをする。そこに子どもと大人の信頼関係が育ちます。


そして何よりも大切なことは、「やりたい」と言うまで待つ。このことが一番大切です。


つまり、モンテッソーリ教育において、


「◯歳だから、これくらいできなければいけない!」という強制はありません。


モンテッソーリ教育の中にも「◯歳くらいには、これに興味を持ち始める。」という考えはあります。


ですが、成長は強制でも矯正でもありません。


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成長は本来、子どもの側から溢れ出る、生命力そのものです。


先日もお話しした、自然からの課題に子ども自身が挑むことを手助けするのが、親の役目です。


よく、「ママの邪魔ばっかりして!」とおっしゃるお母さんがいます。


では、あなたはお子様の邪魔をしていませんか?


子どもの成長と意欲の邪魔です。


子どもが2歳くらいのとき、自分でやらなきゃ気がすまない時期がありますよね?


時間がないから!と、親が服を着せてしまい、子どもが自分でやりたかったのに!と泣き叫ぶ。よくありますよね?


我が家が幼少期に習い事をさせないのは、これです。必要な時に待てなくなるから。用事もそうなのですが、実は必要最低限の予定しか入れませんでした。


ちゃんと待ってあげたかった。それだけの理由なのですが、結果的に良かったと思っています。


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やはり、モンテッソーリ教育で成果を発揮するのは小学校に上がってからくらいではないでしょうか?


我が家の長男は現在小学一年生です。


習い事は一切せず、公立の幼稚園です。そして、発達障がいがあります。ですが、学校では字や絵や運動の見本になることが多いようで、担任の先生からも褒めていただくことが多いのです。


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家庭訪問にいらした時に言われたことです。


「◯◯くんは、きちんと育っているのが手に取るようにわかります。それは、知育とか教育とかではなく、きちんと実体験から体得しているのがわかる。知識だけではなく、きちんと自分のものになっている。今日、お家を見て、なるほど!と思いました。きちんと、育てられてきたんですね!」


それは、早くからモンテッソーリ教育を取り入れたことがひとつの要因だと思います。


そして、彼自身が挑み続けた。楽しみながら、成長をし続けてくれたから、今学校を存分に楽しめています。

彼の成長は、わたしにたくさんのことを教えてくれました。


次回は、そんな環境のお話しをしたいと思います。


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by maria_ouchi0815 | 2017-07-03 05:31 | モンテッソーリ教育